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長野地方裁判所伊那支部 昭和35年(ワ)18号 判決

伊那信用金庫

事実

原告伊那信用金庫は請求原因として、原告は昭和三十年四月二十一日訴外金沢策朗(現在は根本策朗以下同じ)が期日後の遅延利息を日歩五銭と定め、被告金沢ヨシ子の代理人として手形金の連帯保証をして原告宛に振り出した額面金五十五万円の交付を受けてその所持人となつたが、支払期日に右手形を呈示して支払を得られなかつたので、その後支払を催告したところ、右訴外人が昭和三十年十二月十二日に内金十三万一千六百円を支払つたから、結局原告の右手形に基づく債権額は手形額面の残金四十一万八千四百円及びその遅延利息ということになつた。よつて原告は被告に対し右支払を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、仮定の主張として、仮りに右訴外人が被告の代理人として手形金の連帯保証をする権限がなかつたとしても、同訴外人は本件約束手形振出当時被告とは夫婦関係にあり、且つ最初に原告より営業資金として金員を借用する際には、原告との間に、資産があり妻である被告が連帯保証債務を負担するならば金員を貸与してもよいとのことで交渉がまとまり、その結果昭和二十八年十一月十二日同訴外人が被告を連帯保証人として原告宛に約束手形を振出交付して金員を借用し始め、その後同訴外人は支払期日に返済ができなかつたり新規に金員を借用する便宜のために予め被告の実印を原告貸付係員に預けて置き、同係員において被告の実印を使用して被告を連帯保証人とした約束手形を作成し、原告と前後十一回に亘つて取引を重ねていたものである。しかして本件手形も前記の取引にかかる約束手形であつて、借用金三十万円と二十五万円の二口をまとめて額面金五十五万円とし、従前の例にならつて原告貸付係員が被告の氏名を代署し、かねて預かり保管していた被告の実印をその名下に押捺して被告を連帯保証人としたものであつて、原告は同訴外人の妻である被告が約旨に基づいて真実手形金の連帯保証をしたものと信じて本件手形を作成し、原告においてかく信ずることにつき何らの過失がなかつたから、同訴外人の行為は民法第百九条の表見代理行為に該当し、本件手形金に対する被告の連帯保証債務負担行為は有効である。よつて被告は連帯保証人として原告に対し本件約束手形金を支払うべき義務がある、と述べた。

被告金沢ヨシ子は原告の請求原因主張の事実のうち、被告が訴外金沢策朗を代理人として本件手形に連帯保証をしたとの事実を否認し、右約束手形における連帯保証の部分は原告金庫の関係職員が擅に被告の氏名を冒署して押印し偽造したものであるから、被告には何らの責任がない、と争つた。

理由

先ず本件約束手形の振出について考えてみるのに、証拠を綜合すると、訴外金沢策朗は昭和二十八年頃伊那市において被告と共にセメント・飼料等の卸売業を営んでおり、その頃原告に営業資金の借用方を申入れたところ、同訴外人はいわゆる養子で、妻である被告が相当の不動産を所有していたことから、被告が連帯保証をするならば同訴外人に資金を貸与してもよいとのことで貸借の話がまとまり、同訴外人もこれを承諾して昭和二十八年十一月十二日始めて同訴外人が被告を連帯保証人として原告宛に額面金十二万九千円の約束手形を振出交付して金十二万九千円を借用し、以来昭和二十九年五月二十八日までの間前後十回に亘つて同様被告を連帯保証人として原告宛に約束手形を振出交付し、逐次期日毎に決済をして取引を重ね、最後に借用金三十万円と二十五万円の二口をまとめて額面金五十五万円とし、遅延利息を日歩五銭と定めて本件手形を原告宛に振出交付し、その後、昭和三十年十二月十二日に同訴外人が右借用金五十五万円の内入弁済として金十三万一千六百円を支払い、現在原告に対し金四十一万八千四百円の残金と右金五十五万円に対する昭和三十年五月二十一日以降同年十二月十二日までの約旨に基づく日歩五銭の割合による遅延損害金並びに右金四十一万八千四百円に対する昭和三十年十二月十三日以降完済に至るまで約旨に基く日歩五銭の割合による遅延利息を支払うべき義務が残存していることを認めることができる。その他、右認定を覆えすに足りる何らの証拠も存在しないから、本件手形の振出についてはその名義人である金沢策朗が振り出した有効なものと判断する。

次に原告は、本件手形の連帯保証部分は訴外金沢策朗が被告の代理人として署名捺印したもので有効なものであると主張するけれども、原告の提出援用にかかる証拠その他法廷にあらわれた証拠によつても、原告の右主張事実は到底これを認め難いところである。

そこで更に進んで原告の仮定の主張について考えてみるのに、証拠を綜合すると次の事実を認定することができる。すなわち、

一、本件手形は訴外金沢策朗が原告より被告妻(現在は離婚している)金沢ヨシ子を連帯保証人として営業資金を約束手形で借用し、逐次書替えて来た最後の手形であつて、本件手形以外の手形については同様の方式であるにかかわらず、被告より未だ一回も偽造である旨主張されたことがなく、逐次何れも円満に決済しており原告は全く善意であつたこと。

二、訴外金沢策朗が本件手形を振り出すに至つた経緯は、当時原告の貸付係をしていた訴外酒井一雄が退職(昭和三十年三月三十一日退職)前に同訴外人から入金支払いをする予定であるから特に額面を白地にしたとのことで、同訴外人の署名捺印のみである約束手形を受領し保管していたが、結局入金支払いがなかつたため、原告貸付係員において前認定のとおり二口をまとめて金額欄に五十五万円と記入し、連帯保証人の欄に貸付係の女子事務員某が「金沢ヨシ子」と被告氏名を代署し、その名下にかねて同貸付係員が前記金沢策朗より預かり保管していた被告の実印を従前の取引の例にならつて押捺し、白地の部分を補充して本件手形を完成したが、右被告の実印は退職した前記酒井一雄がそのまま引続いて預かり保管しており、その後同人が被告の代理人金沢策朗から私文書偽造行使詐欺未遂罪の嫌疑で告訴され、長野地検伊那支部で係検察官の取調べを受けた際同係官に差し出したので、右係官の手を経て被告の代理人金沢策朗の父根本弁護士に返還され、同弁護士が告訴取消書を提出し、結局同告訴事件は何ら犯罪の嫌疑がなく落着したこと。

以上のとおり認められるところ、これら認定の事実によれば、被告と訴外金沢策朗とは夫婦の関係にあつて、共にセメント・飼料等の卸売業を営んでおり、営業上のことについては常に夫婦相談の結果なされたと考えられるのみならず、本件手形以外の手形については被告から原告に対して未だ一回も偽造であると主張されたことがなく何れも円満に決済を続けており、原告は全く善意であり、一方原告においても同訴外人が妻で資産のある被告の実印を持参して原告の貸付係に預けて置き、同貸付係がこれを使用して逐次約束手形で被告を連帯保証人として決済してきており、本件手形中の連帯保証部分も原告の貸付係員が従前の例にならつて予め同訴外人から預かつていた被告の実印を女子事務員が「金沢ヨシ子」と代署したその名下に押捺して作成したものであるから、原告においては訴外金沢策朗が被告の代理権限を有すると信ずるにつき、正当の事由があるのみならず、原告においてかく信ずるにつき何らの過失がないから、かかる場合においては商取引の安全を保護する立場から民法第百九条の表見代理の法理を類推適用して、被告は訴外金沢策朗の負担した本件手形債務につき連帯保証債務を負担したものと解するのを相当とする。

以上の次第であつて、原告主張の本件手形は有効であるから、被告に対し右手形金残金及びこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の請求は正当である。

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